高齢者の低栄養予防対策

1.      高齢者の低栄養って? 歯科と関係があるの? どうすれば防げるの?

 


 高齢者の低栄養は社会的要因、精神・心理的要因、加齢や疾病の影響等、多くの要因で引き起こされます。口の機能低下も要因の一つです。また、高齢者がいったん高度な低栄養状態になってしまうと栄養を改善することが困難な場合が多いようです。低栄養のおそれがありそうだという段階で対応することが必要です(葛谷2007)。


 

 島根県歯科医師会は高齢者の低栄養を防止するために口の状態と栄養との関係について過去10年間の文献を調べました。そのなかでも、以下の7つは低栄養を予防する上で大変重要です。

 

  • 歯を残しましょう。

 


 入れ歯を使っている人(自分の歯の数が平均4.9本)の噛む力は、多くの歯が残っている人(自分の歯の数が平均27.4本)に比べて1/6しかありませんでした。まずはご自分の歯を大事にしましょう。


 

  • しっかり食べましょう。

 


 噛む力が弱くなると総エネルギー摂取量が減ることが複数の調査で報告されています。しっかり食べられるようにお口の環境を整えましょう。


 

  • いろんなものを食べましょう。

 


 自分の歯が少なくなると摂取食品のバランスが崩れてきます。色々な食品を食べましょう。


 

  • バランスよく食べましょう。

 


 自分の歯が少なくなると摂取栄養素のバランスが崩れてきます。できるだけ自分の歯を健康な状態で保存することが重要なことがわかりますね。また、歯がなくなった場合でもよく噛めるように歯科医院で義歯を調整してもらいましょう。


 

  • 調理に工夫を。

 


 女性は健康や食生活に対する関心が男性に比べて高く、また自分自身で調理することが多いことから栄養摂取量が不足することが少ないようです(池邉ら2000)。女性も自分で調理をしなくなると心配ですね。何をどの程度どのように食べているのか栄養士に評価してもらえる機会が望まれます。


 

  • 舌を鍛える。

 

 低栄養予防のためには、全身の筋肉強化と同様に舌に対するリハビリテーションが必要です(児玉ら2004)。

 「噛む」そして「飲み込む」には筋肉と感覚が必要です。舌は筋肉そのものです。舌を鍛えましょう。そして、食事を味わいましょう。

 


 

  • しっかり飲み込む。

 


 要介護高齢者の栄養状態の改善のためには、咀嚼機能ばかりでなく嚥下機能を含めた口の機能に対する全般的な関わりが必要です(菊谷ら2003)。「よく噛める」ことと「しっかり飲み込める」ことが大事です。

 


 

 

2.      島根県では高齢者の低栄養はどのくらいいるの?

 平成24年度、歯科診療所に通院する高齢の患者さん(男性 94 名、女性 162 名、合計 256 名)を対象にMNA-SFという栄養評価票を用いて高齢者の低栄養はどのくらいいるのか調査を行いました。

 

 その結果、全体の1/3の方が低栄養あるいはそのおそれがある、ということがわかりました。歯科に通院している比較的元気な高齢者の中の1/3ですから、その数字は少なくないと言えます。

 


 

3.      高齢者の口腔機能と栄養との関連を島根県で調べてみました

 平成25年度は、歯科診療所に通院する高齢者の患者さん(男性 93 名、女性 151 名、合計 244 名)を対象にMNAフルバージョンの栄養評価表を用いて高齢者の口腔機能と低栄養との関係を調べてみました。

 全体の約3割の方が低栄養あるいはそのおそれがある、という結果でした。

 


 男女の差はありませんでしたが、後期高齢者で栄養不良の方が多くいました。

 


 

 高齢者の口腔機能と栄養との関連では、次のようなことがわかりました。

 


 歯が少なくなることと噛み合わせが悪いことはよく関連していました。歯の数が減少すると噛み合わせが悪くなり、固いものが食べられなくなります。また、食べられる食材が少なくなり、メニューのレパートリーも限られてきます。これらは栄養状態の悪化に関連していて、食事量の減少、体重の減少、うつや認知症の程度と関連していました。また、腕周りやふくらはぎの太さにも関連していました。栄養素や食品群で口腔機能と関連のあったものは、たんぱく質の摂取低下と果物・野菜の摂取低下でした。口の渇きが気になる方は、うつ傾向との関わりもあり低栄養に関連していることがわかりました。


 

 歯が少なくなると、聞き取りの質問で「何でも噛める」と答えた方でも噛む検査をしてみると「噛めない」方が増えてきました。この方々は、色々な食品が食べられなくなっている可能性があります。噛めているかどうか、ちゃんと調べて、その方にあった食事の指導が必要ですよね!

 


歯の数が10本切ると噛めると言っていても検査では噛めない方が多くなります

 


グミ15秒値とは、グミを15秒間噛んでもらって分割できた数です。主観的咀嚼能力とは、聞き取りの質問で「何でも噛める」かどうかを訪ねた回答です。カテゴリー化とは、この場合、数値や複数の評価の値を「噛める」と「噛めない」に分けたという意味です。

4.      高齢者の口腔機能と生活機能との関連を調べてみました

 平成25年度の益田市日常生活圏域ニーズ調査のデータ(男性1,273名、女性1,913名、合計3,186名うち一般高齢者2,328名・要支援高齢者858名)から高齢者の口腔機能と生活機能との関連を調べてみました。多くのことがわかりましたが、低栄養・生活機能の低下を予防するための重要なポイントを二つお示しします。

 


 一つは高齢者の口腔機能と栄養状態との関連そして口腔機能と運動能力との関連です。口腔機能が低下していた方は、低下していない方に比べて約3倍栄養状態が悪化していました。また、口腔機能が低下していた方は、低下していない方に比べて約4倍運動能力が低下していました。また、身長あるいは体重の項目が未記入のものが全体の約1/3を占めていました。最も身近に測定できる自分の体重の値くらいは知っておきたいものです。健康への関心が薄れている証拠かもしれません。体重の減少がわからないことも低栄養のリスクを高める要因なのです。日頃から自分の体重を把握しておきましょう。

 

 二つ目は、定期的に歯科に受診している者の割合についてです。口の健康を維持するためには定期的な歯科受診は欠かせません。かかりつけ歯科医を持ち定期的に口の中をチェックしてもらうことが必要ですが、70歳以上になると要支援高齢者の定期的な歯科受診の割合は一般高齢者に比べて低くなっていました。身体状況による格差を縮小することが求められます。

 



 歯の数の減少や噛む力が弱くなるのは自立した生活を送れなくなる前兆とも言えます。早く気づき、早期に対応するためにはかかりつけ歯科医を持ち定期的に口の中を点検することが重要です。


 

 

5.      高齢者の低栄養を予防するためには歯科と栄養との協働が重要です。

 


 高齢者の低栄養を改善するためには、「よく噛める」そして「しっかり飲み込める」ことを維持あるいは向上させることが大切ですが、それだけでは十分ではないことがわかりました。かかりつけ歯科医と栄養に関わる専門職との連携・協働が必要であることがわかりました。

 




齋藤寿章前地域福祉部副委員長が、島根県保健福祉環境研究発表会で優秀賞を受賞しました (2 回目)。
5 年間にわたる島根県歯科医師会地域福祉部の「高齢者の低栄養予防対策事業」の資料は、こちらから、閲覧、ダウンロードできます。